ブログ

“ハレの日パーク”

ハレの日マーク

ハレの日製作所は周年記念のハレの日に「思い」を動画で次世代に届ける会社です。

ハレの日製作所が最初に制作した動画は八起会の40周年記念動画でした。ご存知の方もおられるかと思いますが、八起会は“倒産経験者の親睦団体”で世界で唯一の存在でした。自らも倒産経験のある野口会長が起ち上げ、倒産で行き場のなくなった多くの人を救いました。(今の八起会は、”倒産をしないため”に倒産について肌感覚で知り、勉強をする会へと変化しています。)

コロナ禍で今、倒産件数が増加傾向にあります。現在はセイフティネットが充実していますが、八起会発足当時の昭和53年頃は倒産すると経営者は多かれ少なかれ”自死”を視野に入れていた時代でした。

その八起会を野口会長とともに支えた、梅崎さんがこの7月に永遠の眠りにつきました。

梅崎さんとは40周年記念動画撮影の当日と、その後の40周年記念例会、及び野口会長のお墓参りでご一緒させていただきました。私と梅崎さんは短い時間の交流でしたが、お話をして、”気骨のある方”だとの印象を深くもっています。その梅崎さんを忍ぶ会が先月八起会例会にて開催されました。

 

”怪物”と呼ばれていた梅崎さん

例会では、梅崎さんの”生き様”を代表の竹花さんから伺い、八起会30周年記念の際の講演した動画を皆で鑑賞。約30分、梅崎さんのありし日の姿を拝見しました。

講演の内容は、倒産し、先を憂いて電車の踏み切りに車を停めていたところ、どこからか母親の「死ぬんじゃない!」という声が聞こえて死ぬことを思いとどまったということ。そして娘さんから「お父さんなら大丈夫」という声に押されて、懸命に働き再起を遂げたこと。そして倒産して全てを失ってからたった5年で新しく自分の家を建てるまでになったというお話。朝4時に起き、自分で弁当をつくり、6時に出社し、夜9時から10時過ぎまで毎日働き続けたとのことです。

(今では、働き方改革があって、そんな働き方はできなくなりましたが・・・)

月のお小遣いは1000円でその1000円は毎月の八起会例会で使い、帰りの電車賃がないので秋葉原から板橋まで徒歩で帰ったそうです。

書き切れない、語り尽くせないエピソードがあり、それが野口会長から「怪物」と呼ばれていた所以でしょう。

八起会40周年記念動画はこちらからご覧いただけます。(経営者にとって大切な要素が詰まっていますので、視聴くださいませ)

八起会動画

周年記念動画の中で生き続ける梅崎さん

感じたのは、梅崎さんの講演の様子が動画で残っていたのが素晴らしい!

梅崎さんの動画があるということは、梅崎さんの生き様が動画でずっと残るということ。それが梅崎さんのご家族や八起会はじめ関係者にとって、生きていく上での「道標」になっていくのです。

 

八起会周年記念動画の故梅崎氏

お問い合わせ

メールでお問い合わせ